新年明けましておめでとうございます。
私事で恐縮ですが、古希を迎えました。同世代(団塊の世代)の男性の多くは既に定年退職しています。私は、医師になる前に法学部を卒業し3年4か月の短い間ですがサラリーマンも経験しました。法学部の同窓会では、金融・保険、自動車・化学メーカー、官僚、教育職のOB、現職の弁護士や会社経営者などいろいろな職歴を持つ同窓生と話す機会があります。同窓会の話題は近況報告から始まり健康問題、お墓の管理や終活の問題、配偶者との死別、孫の成長など世間一般の高齢者の話題に終わるのですが、私が精神科医であるため、親の認知症、子(団塊ジュニア)のうつ病、社員のメンタルヘルス不調による休職、孫の引きこもりや不登校など様々な相談を受けることがあります。人は病の器という格言のとおり、こころの病も例外ではないことを改めて実感させられます。
当院は、多くの精神科病院と同様、これまで統合失調症の治療を中心に取り組んできました。しかし近年では、入院・外来の別に関わらず、うつ病、適応障害などの気分障害、認知症、成人の発達障害の割合が増加しています。加齢が危険因子の一つである認知症の絶対数の増加は、長寿高齢化社会の当然の帰結といえますが、うつ病、適応障害の増加については、こころのケアが叫ばれて精神科受診の敷居が低くなったこともあるのでしょうが、社会から大らかさが失われ生きづらい社会になったのではないかと危惧しているのは私だけでしょうか。
最近では、新規入院患者のおよそ90%は1年以内に退院できています。しかしながら、昭和40年代の隔離収容施策の負の遺産とも言うべき高齢長期在院者(その多くは20歳前後で統合失調症を発症し入退院を繰り返すうちに退院の受け皿となっていた親も他界した結果、数十年にわたり入院している団塊の世代)を、だれが、どこで、どのようにケアしてゆくのかという大切な課題が残されています。国は、高齢長期入院患者を対象とする地域移行・地域定着事業を開始しましたが予測通りには進まず、第二の長期在院の発生を回避すべく、1年以上5年以内の入院患者を長期在院予備群として捉え、地域移行・地域定着に注力しているように思えます。地域移行は障害福祉サービス確保と住居の問題が解決できれば比較的容易でありますが、再発・再燃による再入院なく退院後6か月を超える自立した地域生活を継続すること(地域定着)は、地域における強力な支援のネットワークがなければ至難の業と言えます。2025年問題を見据えた地域包括ケアシステムは、一般病院が対象とする身体疾患をイメージして進んでいますが、地域連携クリニカルパスが脳卒中や大腿骨頸部骨折のパスから出発したように、地域医療計画に位置付けられる5疾病の一つになった精神疾患を当初から念頭に置いた議論の進捗は、残念ながら各自治体により大きな差があります。
当院は、およそ35年前から急性期の治療と並行して、早期の退院を促進してきた歴史があります。また、認知症の増加を予測して、20年前から認知症治療病棟を開設し、さらに在宅支援の観点から重度認知症患者デイケアを運営してきました。当院の理念とする安全で質の高い医療の実現には人材の育成が不可欠と考え、精神障害に対する偏見を払拭するために地域に開かれ地域と共に歩む病院であることを目指してきました。また、当院のストラクチャー(院内環境、設備・人員配置、理念、基本方針、規程、マニュアル、ガイドライン)、プロセス(ケアの過程)、アウトカム(取り組みの成果)について第三者の公正な評価を受けるべく、日本医療機能評価機構の審査を積極的に受け、高い評価をいただいています。
当院は2025年に全面改築を予定しています。患者さん、地域、社会のニーズが奈辺にあるのか、患者さんの立場に立てばどのような治療・療養環境が最適なのか、私たち職員はどのような職場で働きたいのか、次世代を担う職員を中心に病院全体で知恵を結集していきたいと願っています。疾病構造の変化への対応、高齢長期入院患者のケアなどたくさんの課題と真摯に向き合い、全職員が効果的なコミュニケーションを取り合いながら共有する課題を一つ一つ誠実に解決していくことで、これからも“地域で必要とされ信頼される病院づくり”に邁進する決意です。
院長 西野 直樹